はじめに
窒素栄養環境の変動に対する植物の適応と進化について、分子生物学、遺伝子工学、植物生理学、生態学などの手法を用いて、明らかにしたいと考えています。
窒素は、植物にとって重要な栄養素です。しかし、硝酸態窒素は水に溶けやすいことから土壌中で不足しがちであり、多くの植物は貧栄養環境に適応するように進化してきました。しかしながら、近年、農業における窒素の過剰利用が水質汚染や富栄養化の原因になっており、少量の施肥で十分に生育し、硝酸を細胞に蓄積しない植物の作出が急がれています。当研究室では、窒素を効率的に利用し、多くの施肥を必要としない環境負荷の少ない植物の作出や細胞増殖を抑制して、多くの脂肪酸を生産するラン藻生産株を作出すること、また、生物多様性を維持する環境保全手法を見出すことをめざしています。
研究テーマ
ラン藻を用いた脂肪酸大量生産株の構築
化石燃料の代替となるような物質を光合成微生物であるラン藻を用いて生産することを目的として研究を進めています。これまでにも、ラン藻類を用いたバイオ燃料の生産に関する研究は行われてきましたが、投入したエネルギー(肥料、ラン藻類の回収にかかるエネルギー、輸送費など)よりも、得られるエネルギーが少ないために、実用化が困難であったと考え、投入エネルギーを抑えて、エネルギーを多く得られるラン藻株を作製します。そのために、細胞の増殖を抑えて、必要な肥料を削減し、細胞外に脂肪酸を放出させることで、回収にかかるコストを抑えます。
プレスリリース「世界初、燃料物質である“油”を細胞外に生産する微細藻類の作製に成功 -工業利用時の製造や運用に係るコストなどの軽減に期待-」https://www.chubu.ac.jp/news/19602/
また、ラン藻における環境適応機構に脂肪酸の生成が重要な役割を果たしていることが見出されており、研究を進めています。
プレスリリース「光合成を人為的に制御できるか?脂肪酸によって光合成活性が変化する仕組みを解明」https://www.chubu.ac.jp/news/1373/
貧栄養に適応した植物の硝酸イオン同化システムの研究
中部大学は、土岐川・庄内川沿いに、「恵那」「春日井」「名古屋」の3つのキャンパスを持っています。この中で、応用生物学部の設立に伴い、恵那研修センター敷地内の自然を調査したところ(中部大学新環境プロジェクト)、トウカイコモウセンゴケやシデコブシなど東海丘陵要素植物7種を始めとする81科329種の植物が自生していることが分かりました(同学部環境生物科学科 南ら)。また同敷地内には、多くの湿地が点在しており、その水質調査を行ったところ、水質と自生する植物の種類に相関があることが分かってきました。
例えば、湿地性植物の中でモウセンゴケとトウカイコモウセンゴケは、親と子(雑種)の関係ですが、モウセンゴケの方が硝酸イオン濃度の低い場所(貧栄養地)に自生しており、トウカイコモウセンゴケは硝酸イオン濃度の高い場所(富栄養地)でも自生しているようなのです。このことについて、モウセンゴケは硝酸イオン濃度の高い場所では生育できないことを証明する実験を行っています。さらに、これらの性質が遺伝子や酵素の構造、制御システムとどのように関わっているのかを明らかにしたいと考えています。
これらの研究により、化石燃料の大量消費による大気中のCO2、NOx濃度の上昇が植物にどのような影響を与えるかを明らかにするとともに、貧栄養地で生育する植物のメカニズムを解明し、貧栄養地に適応した植物あるいは富栄養地に適応した植物の進化の謎に迫ることができると考えています.さらに、近年、開発などにより自生地を奪われて絶滅に瀕しているこれらの植物の保護,生育環境の保全にも役立つと考えられます。
ラン藻における窒素欠乏応答機構の研究
ラン藻は、葉緑体の祖先といわれている生物で、酸素発生型の光合成をおこなう細菌です。増殖速度が速く、遺伝子組換えが容易にでき、均質な細胞が得られるなど多くの利点があることから葉緑体のモデル生物として広く利用されています。
私たちは、このラン藻が窒素の欠乏を感じて、どのように応答するのかを研究しています。環境中の窒素の多くが硝酸イオンの形で存在しているので、ラン藻が硝酸イオンを細胞内に運んで、タンパク質に作り変えるために必要な酵素やその他窒素欠乏に適応するために必要な酵素がどのように造られるのかを調べています。また、最近は、RNAseqなどの実験手法を用いて、既知の窒素欠乏応答性転写因子に依存しない新規の遺伝子の候補を見つけ出し、その変異株を作製して性質を調べています。