食べられるサボテン
日本ではあまり知られていませんが、サボテンの茎(葉状茎)や果実は食用に利用されています。特に一部のウチワサボテンの茎は「糖尿病・肥満・胃炎・高血糖症」などの症状を改善する健康野菜としてメキシコ、地中海沿岸地域、アフリカ北部などでは一般的に消費されています。有名なところでは、ドラゴンフルーツもヒモサボテンの果実です。
ウチワサボテンの若い茎はノパル(nopal)と呼ばれ、ラテンアメリカ地域では紀元前から食用に利用されてきました。ノパルは多糖類を多く含むためネバネバした食感をしており、また特殊な光合成システム(CAM型光合成)によりリンゴ酸を含むため酸味があるのが特徴です。メキシコ国内のスーパーを訪れると必ずと言っていいほどノパルとトゥナ(ウチワサボテンの果実)が売られており、時には専用の売り場が設けられる程です。トゥナの果肉は甘く柿に似た味をしていますが、大きな種を多数含むのが難点です。現地の人は種をそのまま飲み込みますが、慣れていない人には難しいと思います。メキシコではノパルは「貧しい者が食べる野菜」という印象が強かったが、近年では健康に良いという理由からメキシコの富裕層が進んで食べるようになったそうです。
サボテンの育種(バーバンク博物館のトゲなしウチワサボテン)
食用ウチワサボテンはその他のサボテンに比べると非常にトゲが少ない。これは人間が利用しやすいように育種が進められてきた結果です。育種は主にアメリカとメキシコで進められてきました。アメリカ・カリフォルニア州サンタローザにあるルーサー・バーバンク博物館では彼が育種した「トゲなしウチワサボテン(spineless cactus)」を見ることができます。トゲはきちんと処理しないと消費者や家畜に被害を与えることもあり、その有無は商品価値にも影響する重要な形質です。
このサボテンの存在を知った時からどうしても実物を見てみたいと思っていたので、2016年度にルーサー・バーバンク博物館を訪問しました。しかし実物をよく見ると時折トゲの存在を確認でき、完全に「トゲなし」とはいかないようです。大抵の事はインターネットで手軽に調べられるようになりましたが、実際に現場に足を運び「観察」することは本当に大切だと思います。
①ルーサー・バーバンク博物館 ②館内に植えてあるウチワサボテン ③トゲなしウチワサボテンの表札
ノパルの生産現場
サボテンは砂漠に生えている印象が強いですが、北は雪の降るカナダ南部から南はアルゼンチンのパタゴニア地方まで広い地域に分布しています。中にはアマゾンの熱帯雨林や標高3000mのアンデス山脈に自生するものもあります。食用ウチワサボテンは成長速度が速く雨を好むため、ノパルは降水量が比較的多い地域で生産されることが多いようです。
ウチワサボテンは根を張った親茎節から新しい茎節を発生して積み上げるように成長します。親茎節から3-4段目に発生した若い茎節をノパルとして収穫することが多い。サボテンは成長速度が遅いものが多いですが、食用ウチワサボテンの成長速度が速く、ノパルの平均的年間生産量は1ha当たり50tを超えます(生産性の高い圃場では200t以上)。ウチワサボテンは発生した茎を切り取って土に植えるだけで増やすことができ、一般的な野菜のように毎年種を撒いたり苗を植えたりする必要がありません。しかし定植した親茎節が古くなると生育が弱ってくることがあるため、5年ほどすると古い株を除去し若い茎に更新します。
①畑(中央は共同研究者のL氏) ②収穫したノパルのトゲを処理する農民 ③トゲ処理後のノパル(この後出荷)
サボテンの料理と加工品
「サボテンはどんな味がしますか?」とよく聞かれます。毎回正確に伝えようと努力しますが、これはやはり実際に食べて頂くのが一番かと思います。
サボテン料理というと日本ではサボテンステーキが有名ですが、メキシコではサラダや他の料理の付け合わせとして利用されることが多いようです。ノパルはぬめりがあるため特に肉料理との相性が良く、メキシコのレストランで肉料理を注文するとだいたいノパルが付け合わせとして出てきます。パサパサとした赤身肉や鶏肉を食べる際にノパルがあると、そのぬめりで肉を容易に飲み込むことができ、非常によくできていると感じます。
またノパルやトゥナは多様な加工品としても利用されています。メキシコ・モンテレイにあるサボテン加工会社を訪ねましたが、ノパルを使ったトルティーヤ、ピクルス、スナック菓子、紅茶、サプリメント、化粧品など、さまざまな加工品を扱っているようでした。「ノパルは健康に良い」という意識がメキシコでは根付いているために消費者受けがよく、あらゆる加工品に利用できるそうです。日本人がアロエに抱く印象に似ていますね。
①肉料理の付け合わせ(焼いたノパル) ②モンテレイのサボテン加工会社にて ③サボテンのサプリメント
家畜の餌としてのサボテン
ノパルは家畜の飼料としても使われています。乾燥や高温に強く、他の作物が育たないような環境でも栽培できるためです。メキシコ以外でも、チュニジア、モロッコ、ブラジルでは飼料用ノパルの大規模生産が行われています。ノパルをトウモロコシなどの高カロリー性の飼料と混ぜて与えると家畜の飼料摂取量が増え、生育が促進されるという研究報告も発表されています。またノパルは水分を多く含むため、ノパルを与えた場合は家畜の飲水量が減り、水の節約にもつながるそうです。近年では国際連合食糧農業機関(FAO)の支援の下、食用ウチワサボテンを乾燥地での栽培に適した飼料として利用を促進する活動も行われています。
サボテン料理の試作
堀部研究室の学生が中心となり、サボテン料理の開発や情報発信も行っています。