1994年にシチリアのジャーナリストはウチワサボテンを「A treasure that lies beneath the spines(トゲの下に眠る財宝)」と描写しました。宝探しに参加する科学者の一人として、私もサボテンの秘密を探る冒険を続けています。
ここではサボテンが過酷な環境に耐えるために身に着けてきた秘密の一部を紹介します。(今後更新し、充実させていきます。)
サボテンのトゲ
サボテンのトゲは葉が変化したものであり、刺座(しざ)と呼ばれるサボテン特有の器官から発生します。他にトゲを持つ植物というとバラが有名だが、バラのトゲは茎の表皮組織が変化したものであり、組織の由来は全く異なるものです。
ここで少しサボテンのトゲの役割を紹介したいと思います。①一つは動物から身を守るためです。サボテンの茎節や果実は水分を多く含んでいるので、水や餌にうえた動物にとってはごちそうです。トゲがないとたちまち食べられてしまう。②次にトゲは温度調節の役割も果たしています。高山帯に自生するあるサボテンは、全身を綿毛のようなトゲで多い、強力な紫外線や温度変化から身を守ります。③繁殖範囲の拡大にトゲを利用するサボテンもいます。ソノラ砂漠などに自生するチョヤと呼ばれるサボテンは非常に鋭いトゲを持ち、一度刺さると容易には抜けない。少しでも触れると茎節の一部が外れてくっついてくる様子から、「ジャンピングカクタス」と呼ばれています。自身に触れた動物に付着して移動し、落ちたところで根を張って生活を再開します。④さらに最近では、トゲは水の吸収に役立つことも分かっています。砂漠は昼と夜の寒暖差が激しいので、霧や朝露が発生することがある。それをトゲで捕まえて、トゲの根本から体に水を取り込むことができます。サボテンのトゲは嫌われることがおおいですが、進化の過程で獲得された機能と役割が詰まっているのです。
ご参考までに、以下にトゲに関する論文を添付します。
1450種以上あるとされるサボテンは、その構造や形態は非常に多様であるが、すべてのサボテンは「トゲ座(areole)」と呼ばれるサボテン科特有の器官を有している。このトゲ座は短枝(short shoot:枝が非常に短くなったもの)の一種であると考えられており、この部分から新しい茎節・葉・トゲ・トライコーム・花などが発生する。またサボテンの代名詞ともいえるトゲであるが、一部を除く大部分のサボテンはトゲを有しており、動物からの食害回避以外にも、光ストレスの回避、温度ストレスの回避、蜜の分泌、大気中水分の捕集、繫殖範囲の拡大など、多様な役割を担っている。本稿では、サボテンのトゲの形態や機能に関する基本的な事柄について解説する。本稿が国内におけるサボテンの研究推進の一助となれば幸いである。
※本文で「サボテン科は約30属1450種」とありますが、正しくは「サボテン科は約130属1450種」となります。修正致します。
サボテンの形態的特徴
コノハサボテンなど一部のサボテンは葉を持つが、大部分のサボテンは葉を持ちません。葉を無くすことは体の表面積を減らすことにつながり、蒸散による水の損失を抑えることに役立っています。またサボテンには団扇型のウチワサボテン、背の高い柱サボテン、丸い玉形サボテンなど多様な種類がありますが、サボテンの多くは分厚く肥大した茎をもっています。これは肥大した茎の中に貯水組織が発達していて、細胞の中に水を貯められるようになっているためです。例えるならサボテンの体は貯水タンクになっているわけです。さらにサボテンの貯水組織は主に多糖類から構成されるねばねばの粘液を含んでいますが、多糖類は水を引き付ける性質を持ち、この粘液は水の保持に役立っていることが分かっています。
サボテンの光合成(CAM型光合成)
葉を持たないサボテンは茎で光合成を行いますが、この光合成にも乾燥に適応するための秘密が隠されています。
光合成とは、簡単にまとめると空気中の二酸化炭素と水から光を使って糖をつくる反応です。一般的な植物は太陽が出ている時に葉の裏側にある気孔を開き、そこから二酸化炭素を取り入れて光合成を行います。しかし気温の高い昼間に気孔を開くと、同時に大量の水分を蒸散により失うことになります。砂漠のような乾燥した場所ではなおさらです。サボテンは光合成を夜と昼の二段階に分けることでこの問題に対応しています。
まず気温の低い夜にだけ気孔を開き、空気中から取り込んだ二酸化炭素をリンゴ酸に変換して体の中に貯めます。そして昼間は気孔を閉じ、体の中に貯めたリンゴ酸から再び二酸化炭素を取り出して光合成を行うのです。このような光合成システムはCAM型光合成と呼ばれ、砂漠や着生環境などの水分ストレスの多発する環境下で生育する植物にみられます。
サボテンの風変わりな外見には、過酷な環境で生き抜くための秘密が隠されているのです。