サリドマイドって医薬品名聞いたことはない?
かつて催眠薬として世界中で使用され、サリドマイド禍と呼ばれる大規模な薬害事件を引き起こした薬です。
妊婦がサリドマイドを摂取すると、胎児の手足や耳の形成が妨げられるアザラシ症という奇形児が生まれました。
サリドマイドは図3に示すように、不斉炭素(炭素に結合する4つの置換基が全て異なる)を持つために、一組の鏡像異性体が存在します。
当時はラセミ体で使用されていたため、この催奇形性の原因を鏡像異性体の一方に押し付けることに力が注がれ、いつの間にかサリドマイドの催奇形性はS-(L)-体にあり、R-(D)-体は正常な鎮静・催眠作用を有する、という結論が導かれてしまいました。
難しい話になりますが、サリドマイドの不斉炭素はアミド結合のC=Oと窒素に挟まれているため、そこに結合している水素原子は弱いながらも酸性を示します。
すなわち、アルカリの水溶液中でサリドマイドのラセミ化は進行し、結局R-(D)-サリドマイドのみを投薬していてもこの薬害事件は発生したことでしょう。
ただ、この大いなる誤解も、鏡像異性体の関係にある医薬品では、生体内で全く異なる挙動を示すことを私達に伝えるきっかけになりました。
現在、光学活性な新薬においては、鏡像体について薬理作用や毒性を別個に評価することが義務付けられています。